私は、今でこそ法律系の専門職である行政書士開業に向けて活動していますが、もともとは、法律よりも先に文学に興味を抱いた人間でした。
私が「文学」というものに決定的に出会ったのは、高校二年生の時でした。
家の本棚に置いてあった夏目漱石の『こころ』を、たまたま手に取って開いた私は、はじめの一節を読んだ瞬間、体中に電気が走ったような衝撃を覚えました。
「私はその人を常に先生と呼んでいた。だから此所でもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私に取って自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」と云いたくなる。筆を執っても心持は同じ事である。余所々々しい頭文字などはとても使う気にならない。」(夏目漱石『こころ』より)
この一見なんの変哲もない書き出しの一節に、何故あれほどの衝撃を受けたのか、今でも私にはよくわかりません。
とにかく私は、それから直ぐに布団の中に潜り込んで、続きを読み始めました。そして、読んでいる間中それまでの読書では経験したことの無いような感動を覚えたのでした。
この漱石の『こころ』との出会いは、その後の私の人生に、実に大きな影響を及ぼしました。
それまで、大学へは法学部か経済学部に行くものだと漠然と思い込んでいた私は、親の勧めに反して文学部へと進学しました。
当時の私は、心のどこかに「できれば文学者になってみたい」という密かな憧れのようなものを抱いていましたし、文学者は無理でも、学校の先生ぐらいならなれるかも知れないという甘い考えもあったように思います。
結局私は、文学者にも学校の先生にもなれないまま大学を辞めることになってしまったのですが、進学に際して文学部を選んだことは、決して後悔はしていません。
大学では、授業にはほとんど出席しなかったかわりに、私は自分の興味の赴くままにいろいろな小説を読み漁りました。
高校時代から愛読していた漱石だけでなく、鴎外や谷崎潤一郎、芥川龍之介や川端康成などの日本の近代文学。シェークスピアの戯曲、ゲーテやバルザック、スタンダールやフロベールなどのヨーロッパの近代小説を読んだのも大学時代でした。
なかでも私が特にこころを惹かれたのは、小林秀雄とドストエフスキーでした。
小林秀雄の批評の力強い文体は、出口のまったく見えない孤独に閉じ込められていた私を随分と励ましてくれましたし、ドストエフスキーの小説の底知れない不気味さに彩られた世界観は、小説というものがどれほど全的に人間を表現しうるものであるかを啓示してくれているように私には思えました。
「詩」にも随分と親しみました。小林秀雄の影響で読んだボードレールやランボーなどフランス象徴派の詩人の作品は、翻訳でしか読めなかったせいか今一つピンとこなかったのですが、日本の近代詩には魅了されるものがたくさんありました。
私が特に共感を覚えたのは、萩原朔太郎、三好達治、中原中也の三人でした。
私はよく、彼らの詩集を開いては、声に出して朗読していました。彼らの作品の幾つかは、三十年以上経った今でも暗誦することができます。
哲学にも手を伸ばしてみました。私が最も刺激を受けたのは、ニーチェでした。彼の「ツァラトゥストラ」には本当に心を躍らされましたし、『善悪の彼岸』の中には、鋭い洞察に裏付けられた真実な言葉が随所にあって、今でも時折り読み返してみることがあります。
今振り返ってみると、私にとっての大学生活は、「大卒」の肩書は手に入れられなかったかわりに、基礎的な読書の習慣を身に着けられたことで、その後の私の人生にとって大きな意味があった、と言うことができるのかも知れません。
近頃では、小説を読むことは滅多になく、もしかすると、今後再び漱石の『こころ』を読み返すこともないのかも知れません。しかし、私が今ここにこうしていることと、あの時漱石の『こころ』に出会ったこととの間には、切っても切れない密接な繫がりがあって、そのことだけはどうにも否定のしようのない事実だと私は思っています。